不完全な自分を見つめる——受け入れから始まる安らぎ
静かに自分を見つめていると、立派とは言えない心の動きが見えてきます。
欲しい、認められたい、負けたくない、傷つきたくない。そうした思いが、繰り返し顔を出します。
そのたびに、「まだまだだな」と感じることもあるでしょう。
けれども、修行は理想的な自分を演じることではありません。むしろ、自分の弱さや未熟さを正直に見つめるところから始まります。
不完全さに気づくことは、決して無意味ではありません。
それを無理に否定せず、「今の自分にはこういう面がある」と受け止められた時、心は少し静かになります。守らなければならない立派な自分像がゆるむからです。
自分の弱さを知る人は、人の弱さにもやさしくなれます。 自分の未熟さを認められる人は、人を裁きにくくなります。
安らぎは、完全さの先にあるのではなく、ありのままを受け止めるところから芽生えるのかもしれません。
自分を責めるためではなく、自分をよく知るために。 今日も静かに内を見つめてみたいものです。
合掌